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◆お気の毒さまな美しい日本語 ポジティブな耳を持とう 後編

9月6日のハンドメイドなアニバーサリーアクセサリーはこちら。七色の毛糸と白いチュールのポンポンピアス・イアリング。

■Anniv.))9月6日 pi/re■一蓮托生#ケセラセラシリーズ by たぬき(たぬウィンストン/TanuWinston)#Sep

前回の続き・・・

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奥深しき日本人心情「ごめんなさい」

よく、海外からみた日本人像に「ごめんなさい」を使いすぎる人種だとされる。「なぜ、そこでごめんなさいなのか?」外国人には全く持って理解不能である。

最近の日本人でも「ごめんなさい」を多用している人に対して「悪いことをしていないのになぜそんなに謝るのか」「そんなに誤っていると自信がなさそうに見える」などと聞かれることも多い。

実際のところごめんなさい多用人種の日本人もそこまで「申し訳ない」という気持ちだけで使っているわけではない。だから、自信がないわけではない。そう、申し訳ない気持ちを込めた感謝の意味なのだ。

口をひょいとついて出てきた言葉が「ごめんなさい」なだけなのだ。

それが、可能な限り「ありがとう」とポジティブ変換できたらいいのだけど複雑な日本人心情を表す時にこの申し訳ない気持ちを含めて深みのあるコミュニケーションを取りたい時には欠かせない。

この日本人独特の「自分には不相応で恐れ多いとへりくだって感謝の気持ち」を表す言葉は日本の欧米化と共に失われてきたものの一つだろう。

わかりやすくシンプルな表現が多い欧米の言葉は、ポジティブな場面では「ありがとう」を使い、ネガティブなそうすべき場面では「ごめんなさい」と明確に役割分担を果たしている

実にわかりやすく、円滑なコミュニケーションの助けとなっているのはいうまでもない。

しかし、その言葉の意味にそれ以上でもそれ以下もない。

その言葉の奥や背景にある言葉では言い表せないような感情を含めた日本古来からのコミュニケーションがすごく奥深く感じてならない。

欧米化コミュニケーションを推し量る人たちにも今一度立ち止まってこの風流な日本文化に触れて欲しいと思う。

残念ながら、在来種の言葉に触れる機会がないという人がいるかもしれない。しかしながら、在来種の言葉の残党たちは未だ日本にたくさん残留していると思う。

要は、話し手の言葉を受け取る側のあなたの捉え方次第ということだ。

文字にした部分だけのシンプルな表面的な意味のみ汲み取ってしまうと平べったいコミュニケーションに止まってしまうが、その言葉の奥に隠れて見えかけれしている心情に奥行きを感じることができるかどうかは受け取り手次第ということなのだろう。

新しい文化や情報が入ってくるのは大歓迎だ。

しかし、日本人の心情を司るコミュニケーション部分までの完全な欧米化は勘弁して欲しいと願う。

日本人らしい武士のような祖父母世代の考え方を教えてくれる人たちが減ってくるのはとても寂しいことだ。

武士のような祖父母が愛おしくも誇らしい たぬき

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