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◆理想の子育て論のエピローグ 前編

7月14日のハンドメイド アニバーサリーアクセサリーはこちら。薄いピンクの八重桜な大ぶりピアス・イアリング。

■Anniv.))7月14日 pi/er■「現実主義と理想主義の二面性がプラスの方向に作用」#百花繚乱シリーズ by たぬき(たぬウィンストン/TanuWinston )

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◾️理想の夫婦と「三つ子の魂百まで」

友人が良き母をしているのを見て横で自分も母になった時のことを妄想してみたりする。おしゃべりできるようになった我が子と自分は一体何を話すのだろうと。
もし、女の子だったらきっとプリンセスシリーズに夢中になるに違いない。例えば、寝る前に絵本の読み聞かせをしてたりして、「私もお姫様になりたい。お母さんは?」を聞かれたら、「私の王子様はお父さんなのよ」というのがである。とてもじゃないけど歯の浮くような話である。でもかなり真剣にその質問にはそう答えようと思っている。大人になった今でも憧れの夫婦像は、二人でスーパーに買い物に出かけるような仲睦まじい老夫婦である。いくつになっても「ラブラブ」という言葉が似合う二人を見ているとこちらまで笑みがこぼれてしまう。
そんな愛情あふれる夫婦に育てられた子供は幸せになれやすいんじゃないかと思う。「三つ子の魂百まで」というように幼い頃に愛情をたくさん注いでもらった子はきっと枯渇することなくまた誰かにそうできると信じて疑わない。ギブアンドテイクなのかもしれない。
私が幼い時は良かった。側に両親だけではなく両親の祖父母がいてとても可愛がってくれた。それだけではない。伯父や伯母もいていろんな大人がいろんな愛情の注ぎ方をしてくれた。当時はそれが愛情だとは露も知らなかったこともたくさんあるけれど年代が近くに連れて「もしかしてそうだったのかも」と改めて思うことも少なくない。

◾️大人だって人間だもの

当時は、大人は完璧だと疑わなかったけれどもこの歳になると理想と現実のギャップの間に自分がいて、格してしてもそうではなかったことに気づかされる。大人といえども人間だ。今思えば「だって人間だもの」と周りの大人を許してあげて、大人の事情というものを察する理解力があれば随分良かったのにと思うことも多々ある。でもそれを「だって子供だもの」と暖かく見過ごしてくれたことにもとても感謝している。
果たして自分はそんな大人になれているのか、またなれるものなのだろうか。今の所、そんなできた人間ではないことだけは確かである。とにかくやってもらって嬉しかったことは、やってあげたいし、嫌だったことはもちろんやりたくない。それが私の理想。
私の母の教育論の口癖は「人のふり見て我がふり直せ」だ。世の中には反面教師がたくさんいる。側で見ていて恥ずかしいああいう大人にだけはなりたくない。Instagramで流れてくる料理やファッションもハイセンスなママの鏡のような人にはきっとなれないだろうけど、少なくとも反面教師の行いを消去法で省いていけば少しばかりか近づけるような気がする。なりたい姿やあるべき姿はおぼろげだけども不思議とありたくない姿だけは明確である。
きっとまた何年かしたら「こんなはずじゃなかったのに」と今と同じように理想と現実のギャップに唖然とするのは間違いないだろうけど、少しばかりか夢見がちで生きていたい。

◾️理想の子育て論

あくまで理想ではあるけれどそういった日常の中でかいつまんでいくことののできる理想の子育て論を書き綴っていきたい先輩ママの子育て術は特に参考にしていきたい。
次回に続く

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