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◆「野心のすすめ(林真理子さん著)」を拝読して覚えた苛立ち 第2話 

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前回「第1話」の続き

この写真はルール違反に等しい

とりわけ表紙にはかなりのインパクトを感じる。なぜ彼女はこの昔の写真を帯に選んだろう。白黒にショッキングピンクの女心くすぐる表紙の雰囲気にこの写真はルール違反だ。

お世辞にも美人とも言えなく、お洒落でフェミニンな装いでもない、真剣な表情。簡単にいうと敢えてこのブスっとした写真を選んだのだろう。

裏表紙の写真を見れば小綺麗なマダム。「なんか成功者って感じの面持ち」そんなイケてる先輩大人女子がいた。

その横にショッキングピンクでデザインされた帯の文面とのギャップが甚だしい。「この人だって成功したんだ…私だって頑張れば…」なんて妄想を掻き立てられてしょうがない

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根っからの野心家な林真理子さん

今となっては、このギャップ売りが凄腕コピーライターの手法なのかと圧巻し、ここに共感したのだろうと思う。

しかしながら、当時読んだ率直な感想は「胡散臭い」と思った。(林さんごめんなさい)なんだか、「時代の寵児」と呼ばれるほどのカリスマ的なサクセスストーリーを見せつけられた感じがしたからだ。

私とは全然違う。社会人になって数年経った私からは「野心」の炎は風前の燈。「野心」なんてどこ吹く風で、敢えて言うなら「安定した将来の約束」こそが私に残された野心であり、人種としては真反対にいるような気がした。

本の中で若い頃の彼女自身を振り返ってこう語っている。

田舎から出てきたばかりの私は野心丸出しの女の子でしたし、少し有名になってからも「野心家」と揶揄されたものです。

開き直るわけではありませんが、若い頃の野心には下品さがついて回ることは仕方ないでしょう。

言い訳をすると、私は若い時からお世辞にも野心家とは言えないタイプ。人前で何かを披露するのは苦手な引っ込み思案だったし、厚かましいお節介で強引な自己中な人も苦手だった。

かといって、社会人になってある程度の成果をあげる人私と真逆な資質が必要とも察知していたからそもそものスタートが違うような気がしていた。

よく言えば「控えめ」「協調性がある」「客観的志向の持ち主」なんてポジティブ変換できそうな性格かもしれないが、この性格で損をしたことも少なくない。

前のめりにならないことが美徳という幻想

人に譲る」「我慢する」をいつでもどこでもお人好しに炸裂させていると人に出し抜かれるのだ。

しかし、生まれ持ったこの性格と斜に物事を眺めるだけでは人生は前進しない。自分以外の誰かがなんとかしてくれるのは少なくとも学生までだ。

次回に続く…

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