作品の写真をクリックして頂くと作品の詳細ページをご覧いただけます

◆かっこいい女職人「菊間製瓦 鬼師」by 四国・いまばり 今治スタイルvol.2

9月19日のハンドメイドなアニバーサリーアクセサリーはこちら。ピンクにハニカミたいカメリア ピアス・イアリング。

■Anniv.))9月19日 ピアス・イアリング■

広告



アイデンテティを田舎に見いだす

アイデンティティを求めて都会に足を伸ばした人も多いのではないか。

東京に出ると何者でもない自分何者かになっている誰かとの圧倒的な差を感じることが少なくない。

田舎では名を残した勇士も都会に出るとそのネームバリューは諸刃の剣のように役に立たないこともある。

自分は一体何者なのか何故生きているのか何故ここにいるのか。

見失りそうになったりもする。

田舎では見つけられなかった存在意義を都会に見出そうとするもののスムーズにそういく人は決して多くはないだろう。

都会にいると「田舎者」というアイデンテティが生まれる。

東京生まれ東京育ち出ないことが個性になる。

あそこで生まれ育ち培った知識と技術と豊かな環境に改めて後光がさしたかのように輝いて見えたりする。

もし、10代の時に田舎でやりたいことが明白だったら都会には出てきていないんじゃないか。

そういう葛藤

自分探し大きな夢を描いて遠路はるばる東京に上京。

アイデンティティは自分の内側に。

自由は自分のルールに従って生きることであり、心のあり方だ。

ただ東京に憧れだけを抱いてきた自分の幼稚さに大人になって気づかされる。

でも、これを気づくためには東京という人生の踏み台が不可欠だった。

踏み台に立って外から故郷を眺めたからこそが光り輝いていることを知った。

やはり、上京は必要だった。

田舎でも都会でもアイデンティティを持って生き抜いている人はかっこいい

皮肉にも、都会に出てきてから田舎にアイデンティティを見いだす。

都会の人が持ってないもの」は田舎者の私にしかない。田舎原点回帰だ。

都会にはない故郷の伝統技術に惚れ惚れする。

これを都会の人に教えてあげたい。

「こんな素晴らしい技術が、人がここにはあるんだ」って。

都会になくてここにしかないもの。ここにはこんなかっこいい人がいるんだってこと。

松山空港で見つけたフリーペーパー「四国・いまばり 今治スタイルvol.2 産業編」で見つけた、好きな記事と文章をスクラップ。

http://www.barijob.jp/parts/pdf/imabari_style2.pdf

いにしえと数百年後の未来をつなぐ/菊間製瓦 鬼師 菊池晴香さん

菊間瓦 日本の伝統×瀬戸内の自然

日本の美しい原風景にある屋根瓦。今治市の「菊間瓦」は、七百五十年以上の歴史をもつ。
その特徴は「いぶし銀」と呼ばれる色にあり、美しい日本文化を象徴する存在。

雨が少なく温暖な気候により、早く瓦が乾燥すること、目の前の海から各地へ運送が容易にできること、窯を焚くための薪が近隣野山で調達できること、これらの条件が揃ったことが、この地方での瓦産業発展の追い風となった。

その品質は、御用達とされるほど高級ブランドとして評価され、全国各地の住宅はもとより、日本建築を代表する神社仏閣に多数使用されている。

住宅や寺社などの和風建築の屋根で睨みをきかす鬼瓦ー古くから日本人は、鬼瓦に厄除け装飾の役割を持たせてきた。

千年以上も前に大陸から伝わった技を今に伝え未来へ引き継具のが、「鬼師」と呼ばれる瓦づくりの専門職人。
長く険しい修行の道。
そんな厳しい職人の男性社会の世界に飛び込んだ、女性唯一の鬼師がいる。

http://www.barijob.jp/parts/pdf/imabari_style2.pdf

女性唯一の「鬼師」

(株)菊銀製瓦で働く菊池晴香さん。鬼師であった祖父に憧れて鬼師の世界の道に進んだ。
「子供の頃からものを作るのが好きだったので、こういう仕事につければいいなと思ってました。自分ではあまり覚えていないのですが小学生の頃から周囲には”鬼師になりたい”と行っていたそうです。」
幼い頃から祖父の仕事を見て育ち、高校卒業後、本格的に菊銀製瓦で仕事を始める。
祖父を師匠とし、弟子入りしたのかと尋ねるとそうではないと首を振った。

「じいちゃんは昔ながらの職人で、見て覚えろ!と言われ続けていました。わからないことがあって聞きに行ったら。『自分で考えろ!』って。近くで見ようとすると怒られるし。」と、懐かしそうに笑う。職人気質の祖父。息子の代を飛び越えて鬼師を目指した孫
自分の跡をついでくれたことを、心底喜んだに違いない。

長い歳月の間、雨風に晒されるとやがてはひび割れ、朽ちる。
そのため歴史的建造物の屋根に上がっている鬼瓦は、数百年ごとに新しいものに作り直し、その美しさを競い保ってきた
いにしえの職人に倣い、再現して、未来へと引き継ぐーこれも、現代の鬼師に求められる重要な役割。鬼瓦という日本のものづくりの伝統を守り伝える使命はもちろんのこと、遥か後世の人々にまで恥じない仕事を残すというやりがいや情熱は、他の職業ではなかなか味わえるものではないだろう。

今治で生まれ育った晴香さん。都会への憧れがなかったわけではなかったが、「鬼師」という自分の夢を叶える場所は、この今治だった。
「今治はすみやすく、とてもいい所ですよ。」と晴香さんはいう。
仕事もプライベートも充実した日々を送っているようだ。

晴香さんにこの仕事をやってよかったと思うことは何かと尋ねてみた。
いつか自分が死んでも、この鬼瓦が百年先、二百年先、その先もずっと残ること。
その瞳には、自分の選んだ道に対する自信と誇りが満ち溢れていた。

オリジナルの人生をつくればいい

http://www.barijob.jp/parts/pdf/imabari_style2.pdf

四国の片田舎で世界につながる仕事を
している人がたくさんいると聞いたら驚くでしょうか

都会だ!田舎だ!大企業だ!中小企業だ!
そんな価値観にまどわされることなく
自分の仕事を誇りに思う人が今治にはたくさんいます

今治スタイルvol.2 産業編では
日本一の産業 そこで生み出されたモノ
そこでははたらくヒトをテーマとして今治に住む人生のセンパイたちに
日々の暮らしや大切にしていることについてじっくりお話をうかがいました

生きていくには 多少のお金は必要です
お金を得るには 働かなくてはなりません
どうせ働くなら 楽しい方がよくないですか
どうせ働くなら 誇りをもてる仕事をしたくないですか

さあ、あなたの人生をデザインする街へ。
Bon Voyage!

「今治スタイル」に感化されて今治を宣伝する

◾️愛媛県移住支援ポーダブルサイト「e移住ネット」

https://www.e-iju.net/

◾️移住向け物件紹介サイト「えひめ空き家情報バンク」

https://www.e-iju.net/akiya/public/Top

◾️今治で働く、今治で暮らす「ハタラク」(今治地区産業雇用促進協議会)

http://www.barijob.jp/

http://www.barijob.jp/

今治市にかかわっている著名人へのインタビュー

佐藤可士和氏「今治タオルと今治市」

プロフィール

クリエイティブディレクター
アートディレクター

1965年東京生。多摩美術大学グラフィックデザイン科卒。株式会社博報堂を経て2000年独立。同年クリエイティブスタジオ「サムライ」設立。ブランド戦略のトータルプロデューサーとして、コンセプトの構築からコミュニケーション計画の設計、ビジュアル開発まで、強力なクリエイティビティによる一気通貫した仕事は、多方面より高い評価を得ている。グローバル社会に新しい視点を提示する、日本を代表するクリエーター。

2007年より今治タオルのブランディングプロジェクトを手掛ける。

岡田武史氏インタビュー「今治市の可能性と未来」

プロフィール

大阪府立天王寺高等学校、早稲田大学でサッカー部に所属。同大学卒業後、古川電気工業に入社しサッカー日本代表に選出。引退後は、クラブサッカーチームコーチを務める。
1997年日本代表監督となり史上初のW杯本選出場を実現。その後、Jリーグでのチーム監督を経て、2007年から再び日本代表監督を務め、10年のW杯南アフリカ大会でチームをベスト16に導く。中国サッカー・スーパーリーグ、杭州緑城監督
2014年11月四国リーグFC今治のオーナーに就任。日本サッカー界の「育成改革」、そして「地方創生」に情熱を注いでいる。

伊東豊雄氏インタビュー「今治市大三島の魅力について」

プロフィール

1941年生まれ
1965年東京大学工学部建築家卒業
1971年アーバンロボット設立
1979年伊東豊雄建築設計事務所に改称

主な受賞歴
1986年 日本建築学会賞作品賞(シルバーハット)
2002年 ヴェネツィア・ビエンナーレ「金獅子賞」(生涯業績部門)
2003年 日本建築学会賞作品賞(せんだいメディアテーク)
2006年 王立英国建築家協会(RIBA)ロイヤルゴールドメダル
2010年 高松宮殿下記念世界文化賞
2012年 ヴェネツィア・ビエンナーレ「金獅子賞」(コミッショナーを務めた日本館が受賞)
2013年 プリッカー建築賞

この「今治スタイル」に出会ったのは松山空港だった。

四国って都会の人からは結構マイナーなイメージかもしれない。

しかし、秘境と言わんばかりの魅力的な土地だ。

特に、愛媛の魅力は温州みかんや今治タオルだけではない。

是非、レンタカーを乗り回してぶらり散策をしてみてもいいし、JR予讃線は瀬戸内海際を走るので途中下車しなくともぼーっとローカル旅を楽しめるの請け合いだ。

愛媛は、広島の真向かいにある瀬戸内海に面する土地だ。地中海性気候に近いと言われるように穏やかな気候が特徴的だ。

瀬戸内海は、空の青とは違った真っ青な穏やかな海の向こう側に島々が望める。

海と空と島の美しくも穏やかなコントラストに心落ち着く風景が広がる。

そこに、大きなフェリーやタンカーの大型船が行き交う風景が瀬戸内海ならではの景色と言えるだろう。

松山などそれなりに大きな都市も車でいける距離にあるのだが、街と街をつなぐローカルにこそ愛媛の醍醐味がある。

愛媛らしいオレンジがビビットカラーなみかん畑

海の青と山の緑の境目をくねくねと走る国道196号線

黒く威圧感あるタンカーにそびえ立つ造船所「どっく」の緑と赤のクレーン

真夜中に天の川に見間違わんばかりに煌々と光り輝く工場帯「太陽石油」。

ふと見落としそうな所に都会にはない驚きとキラキラが詰まった場所だ。

唯一無二になれるなら場所なんてどうでもいい でもここが好き  たぬき

Translate »