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◆森林的思考と砂漠的思考

9月10日のハンドメイドなアニバーサリーアクセサリーはこちら。緑の格子柄なへんてこ四角なヘアクリップ・バレッタ。

■Anniv.))9月10日 バレッタ/クリップ■越後屋 #バウムクーヘンシリーズ by たぬき(たぬウィンストン/TanuWinston)#Sep

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「砂漠のような心」の持ち主

私はたまに占いに行ったりする。

占いは好きだ。

もちろんそんなに大金を支払ったりできないけど、横浜中華街に行った時によく友人と会話のタネ的な感じで立ち寄ったりしたことも少なくない。

それに、人生の方向性を占い師さんの言いなりになったりはできないけど、それでも全くの赤の他人の方に「これからの運勢はいいわよ!」なんて励まされたりしてもご機嫌で帰ってこれる。

誰でもいいからら自分のことを褒めてほしい時なんかに占いはもってこい。

ただ、「あなたの持って生まれたカードは悪くないわ!安心してこれからも励みなさい!」って安心させてほしいだけだったりもする。

とはいえいつも欲しい言葉を投げかけてくれないのがこの世の中だ。

時々、心に引っ掛かりを残したまま帰路につくことがある。

いつもだったら少々のネガティブなことを言われても忘れられないのに、なぜか、ずっと忘れられないでいるフレーズをもらったりする。

脈絡もないのにその言葉だけが棘のように引っ掛かり、無限ループで自動再生されるのだ。

そんなフレーズの一つが、「あなたは砂漠なような心の持ち主」だった。

「『砂漠のような心』ってどういうことなのだろう。」

なぜかこれが長年引っ掛かり続けていた。このフレーズをもらった占いの内容はほとんど思えてないのだけど。

その時、深く掘り下げて言葉の意味を聞けばよかったと後悔しているが、「カラカラの干上がった心の持ち主なのだろう」とネガティブ解釈をして帰った。

最近、また思い出したので調べて見たらなんだか面白いことがわかったので書き留めたい。

森林的思考と砂漠的思考

東洋と西洋では根本的に異なる思考を持っていて、それぞれ東洋のものを「森林的思考」、西洋のものを「砂漠的思考」といいます。これらの思考の違いは現代にも根強く残り、宗教などにも影響しています。(現代への関わり『二大宗教』参照)

じっくり考える東洋な「森林的思考」

http://eastandwest.jp/difference3.html

森林は温暖湿潤の気候で食料や資源が多く、「生きる」ことにあまり困ることはありません

そのためさっさと次の行動を決めてしまうよりも、じっくり考えて最前の選択をすることが重要になります。

判断の内容よりも、考える過程とその結果を大事にするというこの思考を「森林的思考」をいいます。

東洋は温暖湿潤の気候で、中国には黄河や長江といった大河もあることから、森林の中と似た環境を持っているといえます。

実際に東洋には西洋より多くの森林が存在しています。

そのため東洋では森林的思考が根付き、現代でも東洋人の考え方の本質になっています。

まずはやってみる西洋な「砂漠的思考」

http://eastandwest.jp/difference3.html

砂漠は乾燥していて食料や資源も全くなく、一度選択を間違えると取り返しがつかなくなります。

ただ「生きる」ということが難しく、進む道を考えている余裕はないため、「生」に進むか「滅」に進むかしかないという世界です。

そのためじっくり考えることよりもてきぱきと判断し、行動することが最優先となります。この思考を「砂漠的思考」といいます。

西洋には感想した土地が多く、平地が多いため大河もありません。

食料生産にはあまり適さないこの地域は、砂漠に似ているといえまづ。そのため西洋では砂漠的思考が根付き、現代でも西洋人の考え方の本質になっています。

砂漠的な性格は、本質が西洋人のような思考の持ち主だということらしい。

「DO or Die」というと極端だけど、立ち止まっていることが不安に感じる性格らしい。

ということが、建設的、行動的、エネルギッシュなんてポジティブなのかもしれない。

過程より結果を重んじるタイプ。

上から鳥目線の「砂漠的思考」、下から見上げる「森林的思考」

http://blog.goo.ne.jp/sqq123/e/cf2b271627ac75fe49865a947b299279

面白い記述を見つけたので転載してみる。

東と西のものの見方や視点の違いの反映とみなす説がある。

森林的思考では地上の一角で「下から」上を見る姿勢になり、
砂漠的思考では空の高みで「上から」下を見る

地理学の鈴木秀夫博士のお説だが、それが文化や習俗や生活の仕方や行動様式にも反映する。

その違いは宗教の性格に関係しており、「下から」見る森林的視点は仏教の論理と、「上から」見る砂漠的視点はキリスト教(ユダヤ教も)の論理と結びつく」

と言う記述である。

西洋らしい砂漠的思考だと「天地創造」のように「神」というある1点のものによって世の中がつくられたというような唯一神の宗教的観念のようだが、東洋の森林的思考によると色々なものの調和によって世の中がつくられているような協調的な考え方なのかもしれない。宗教で言う所の多神教や八百万の神と言う所かもしれない。

また、砂漠的思考は空からの目線で全体を見渡せる視点を持っていていると言うことだ。

とりあえずポジティブに変換できたからよかった たぬき

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